“歯がすり減る”のは噛みしめのせい?──見落とされがちな酸蝕症という溶け方
前歯が薄い、しみるが続く——それ、咬耗ではなく酸蝕かもしれません。むし歯とは違う“酸で溶ける”メカニズムと、明日の問診・指導で見抜くコツを整理します。
今回参考にしたのは、LussiとCarvalhoによる酸蝕症(dental erosion/tooth wear)の総説と、酸蝕の重症度評価に使われるBEWE(Basic Erosive Wear Examination)に関する一連の報告です。「歯がすり減る=噛みしめ・加齢」と片づける前に、“酸で溶ける”という別の道すじを整理してみます。
日々の臨床で、前歯の先が透けて薄くなっていたり、しみる訴えが続く患者さんに、「咬耗かな、噛みしめですね」と説明していること、ありませんか?でも、その摩耗、酸蝕が下地になっているかもしれません。むし歯でも噛みしめでもない“溶け方”を見逃すと、原因に届かないケアになってしまいます。
酸蝕は「むし歯」とどう違う?
むし歯(う蝕)は、プラーク細菌が糖を代謝して作る酸が、特定の部位を局所的に溶かす細菌性の脱灰です。一方の酸蝕は、細菌を介さず、口に入った酸や逆流した胃酸が歯面全体を直接溶かします。だからプラークの付きにくい前歯の表側や咬合面など、むし歯になりにくい場所が広く平たく溶けていくのが特徴です。
もうひとつの違いはpHのかかり方。う蝕では局所のpHが下がって脱灰閾値(おおよそpH5.5)を割りますが、酸蝕では飲食物そのものがpH2〜4と強い酸で、歯面に直接・繰り返し触れます。「磨いているのに前歯が薄い」人を、ブラッシング不足で片づけないことが第一歩です。
どんな酸が歯を溶かすのか:外因性と内因性
酸蝕の原因は大きく2つに分かれます。
外因性(飲食・環境):炭酸飲料、柑橘類やかんきつ系飲料、スポーツドリンク、酢・酢ドリンク、ワインや酎ハイなど。とくに“だらだら飲み”や、就寝前・運動中の頻回摂取はリスクを高めます。問題は量より接触の頻度と時間です。
内因性(胃酸):胃食道逆流症(GERD)、頻回の嘔吐、摂食障害などで胃酸が口腔に達するケース。この場合は下顎前歯の裏側(舌側)や臼歯の咬合面が溶けやすく、分布から内因性を疑えることがあります。生活背景に踏み込む必要があるため、ここは丁寧に、非難しない聞き方が大切です。
ただし、酸蝕は単独では進まない──摩耗・咬耗との合わせ技
一方で、酸蝕を“酸だけの問題”と考えると見立てを誤ります。実際の歯の摩耗(tooth wear)は、酸蝕(erosion)・摩耗(abrasion:歯ブラシ等)・咬耗(attrition:歯ぎしり)が重なって進むことがほとんどです。
とくに注意したいのが、酸を摂った直後のブラッシング。酸で軟化した表層を物理的に削ってしまい、摩耗を加速させます。「食後すぐ磨きましょう」が、酸蝕傾向のある人には逆効果になり得る——この“ただし書き”を持っておくと、画一的な指導から一歩抜け出せます。
明日からできること
まず、前歯の透け・咬合面の平坦化・知覚過敏が続く患者さんでは、酸蝕の可能性を一度疑って問診してみましょう。よく飲むもの(炭酸・柑橘・スポーツドリンク)とそのタイミング、就寝前の飲食、胸やけ・逆流の有無をさりげなく確認します。
指導は「酸をやめさせる」より付き合い方を変える方向で。①酸性飲料はだらだらでなく時間を決めて、②飲んだあとは水やお茶で口をゆすぐ、③酸の直後すぐには磨かず少し時間を置く、④フッ化物で再石灰化を底上げする、⑤内因性が疑わしければ医科への受診をやさしく橋渡しする。原因が「むし歯」ではないと気づけるだけで、ケアの当たりどころが変わります。✨
参考文献
Lussi A, Jaeggi T. Erosion - diagnosis and risk factors. Clin Oral Investig. 2008;12(Suppl 1):S5-S13.
Bartlett D. The role of erosion in tooth wear: aetiology, prevention and management. Int Dent J. 2005;55(4 Suppl 1):277-284.